2020.08.07

イスラエルにとって大切な週

国中が喪に服す

この記事は「イベント」のカテゴリーにありますが、お祭り…と紹介するにはふさわしくない、記憶と追悼の日。

イスラエルは建国前から多くの犠牲の上に立っている国です。

そして亡くなった一つ一つの命とその歴史を、本当に大切に扱います。

そのイスラエルの心を肌で感じる期間が、毎年4-5月にやってくる3つの記念日。

・ホロコースト追悼日(4-5月 独立記念日の8日前)

・戦没者記念日(4-5月 独立記念日の前日)

・独立記念日(4-5月)

繊細なテーマではありますが、今回はこの3つの記念日について書いていきたいと思います。どんな風に過ごしているのかも合わせてみていきます。

3つの記念日を通して、「命」を感じてもらえたら…

ホロコースト追悼日(ヨム ハ ショア)

写真はエルサレム旧市街のシオン門の近くにある「ホロコーストミュージアム」

この日は、ナチスドイツのユダヤ人絶滅計画のために亡くなった600万人の同胞・家族たちを覚えます。

毎年公式の祭典が行われる他、失われていく生存者の声を残そうと様々な取り組みが行われています。

photo by:www.facebook.com/ramathsaronmunicipality

近年広がりつつあるのが、「zikaron ba salon」(記憶のリビング)と言うオープンハウス。

ホロコーストサバイバーのいるお家や、その子供たちの家に集まり実体験を聞く、という取り組み。(申し込めば参加できるそうですが、ヘブライ語がメインです。)

独立記念日の8日前に当たる日で、全国で黙祷が行われ、レストランやカフェも閉まります。

この日から7日間は娯楽施設は休館し、ラジオからは陽気な音楽は流れず、国中が喪に服します。

戦没者記念日(ヨム  ハ ズィカロン)

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ホロコースト追悼日から7日目に戦没者記念日があります。

この日は、イスラエル建国当初から亡くなった多くの家族・同胞のことを覚えます。

イスラエルでは、戦争で亡くなった人はその位に関わらず、「へルツェルの丘」へ埋葬されます。

この場所は現代イスラエル建国の父、「テオドール・ヘルツェル」の眠る丘で、ホロコーストミュージアム(ヤドバシェム)の隣に位置し、建国への思いが詰まった緑豊かな森です。

両記念日には、娯楽施設の他、レストランやカフェも閉まり、ホテルではお酒の提供をやめます。

私の隣人のおじいさんで仲良しのYさんが、ある5月の気持ちの良い日にヘルツェルの丘へ連れて行ってくれました。

ピクニックでもしたくなるような美しい丘。

自然の森の中に緑と花が丁寧に手入れされ、穏やかで爽やかな風の吹く、気持ちの良い場所でした。

そこに並んでいたエルサレムストーンと植木。

ここにあるお墓には、一つ一つに、故人の好きなものや花や木が溢れ、賑やかでカラフルで…イスラエル人だな〜と微笑ましくなります。

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photo by:https://images.app.goo.gl

友人のYさんは、31才の息子さんを亡くしました。

空軍に入り、優秀なパイロットでした。

訓練中、一緒に乗っていたパートナーのパイロットが気絶。最期の瞬間まで諦めず、仲間に声をかけ続けた…そんな勇敢な姿が記録されていたそうです。

お墓へ一緒に行くと、椅子を並べて座り、彼の最期の姿、その時の家族の思いを語り聞きます。

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キンカンの木が植わっていて、大きく成長し、実をつけていました。Yさんはそれをいくつかもいで、水で洗い私たちに手渡しながら語ります。

頬張るとみずみずしくて、ハッとするような美味しさ。

見るとあちこちに椅子があり、ああ、それぞれのストーリーをここでゆっくり語り、記憶しているのだなぁ…とわかりました。

Yさんは、「飛行機事故で亡くなった息子もここに埋葬してくれたんだ。息子も国の誇りとして扱ってくれたのだ」と、イスラエル軍の態度に敬意を感じているようでした。

彼の深い悲しみの中には、怒りも憎しみも感じられません。

「軍へ行けば今でも息子を忘れず、私に声をかけてくれるんだ。」と誇らしげに、そして「イスラエルは、たった一つの命も小さいものとして扱わない。」そう語ってくれました。

子どもたちを軍に送り出す気持ちはどんなものなのでしょう。

イスラエルが今このように存在し続けているのは、イスラエル軍が勝ち取ってきたから…今も守っているからであることは間違いないのです。

photo by:https://images.app.goo.gl

ふと気が付いて、息を飲んだのは、並ぶお墓に刻まれた年齢です。

19才…21才…25才…19才…

写真が飾られているお墓も多く、その美しい笑顔に胸が潰れそうになります。

国中に響き渡るサイレン

photo by:https://images.app.goo.gl

ホロコースト追悼日と戦没者記念日には、朝とお昼の2度、国中にサイレンが鳴り響きます。

この時、車に乗っている人もバスに乗っている人も外に出て、街中の人がその場に立って頭を垂れ、または敬礼し、黙祷を行います。

photo by:https://images.app.goo.gl/atAqcazhietAgjtK8

その景色に、なぜか涙が止まらなくなってしまいました。

理由をうまく説明できないのですが、おそらく「感動」でした。

イスラエルが大切にする「記憶」は、敵への恨みや憎しみではなく、いつも命への姿勢です。

2020年の8月、レバノンのベイルートで大規模な爆発事故が起こりました。

隣国イスラエルとは国交がなく、国境ではテロ組織ヒズボラとのにらみ合いの真っ只中。

そんな中でも、イスラエルはどこよりも早く救援を申し出て、医師たちを派遣します。

難しい問題は山のように抱えていますが、命を最優先する心がそのベースにあることは確かで、こんな姿を見るたびに、イスラエルに惚れてしまいます。

独立記念日(ヨム ハツマウート)

一週間の喪が明けた晩。戦没者記念日の晩です。

晩ですよ?(※イスラエルのお祭りは、全て夜から始まります。)

どこからともなく漂ってくる炭火焼の肉のいい香りと、ワインを飲んだり賑やかな声、陽気な音楽が聞こえてきます。

そう、「独立記念日」です。

初めて体験した時は、全く心がついていかず、大いにビビりました。

エルサレムの至る所でライブが始まり、歌い踊る群衆。

フジロックってこんな感じなんじゃないだろうか…(行ったことはないけど)

切り替えの速さに唖然。

次の日のお昼にもなると、街中の芝生という芝生の木陰にBBQセットが並び、国中が肉の焼ける香ばしい煙に包まれます!どこに行っても炭火焼きの匂い!!

この光景は圧巻。(いつその大量の肉を買っていたんだろ?)

2年目からは私もバッチリBBQを楽しみました。

イスラエルの持つ特徴はこの命に対する考え方、「記憶」と「喜び」にあると思います。

悲しみに取り込まれず、与えられている命を喜び、楽しみ、満喫する生き方。

失われたもの、痛みを決して忘れないし、誰よりも記憶して語り継ぐけれど、そこで生きる喜びを絶対失いません。

いや、むしろ更に喜びを増し加えて、悲劇に勝利しているように感じます。

独立記念日にはイスラエル軍が飛行ショーを行い、国民がフィーバー!

コロナ禍のロックダウン中にもベランダ中でBBQをして、各家庭が爆音で音楽をかけ、パトカーや消防車などがパレードをして街を巡ったり…と、外には人っ子一人いないのに、なぜかものすごく賑やかなイスラエル。笑

本当に喜び上手。色々あるけど、全部ひっくるめて最高の人生だな!と。

生きてるって素晴らしいな!と、感じています。