イスラエルファミリー

イスラエルファミリー

シャローム♡Yasuyoです!

ニッチな国イスラエル!

イスラエル人のパートナー宅にてイスラエル人家族と共に過ごした10ヶ月♡

イスラエルに来るまでは全く未知な、なんなら謎めいた場所だったイスラエルが、今や第二の故郷となりました♡

イスラエル人の情深く明るく陽気な家族と、とっても魅力溢れるローカルイスラエルLife!!をお届けしたいと思います。

シャバット(安息日)は家族で集まる

イスラエルでは毎週金曜日の日没から土曜日の日没までは「シャバット」と呼ばれる安息日。

シャバットの際は家族が集まり皆んなで食卓を囲むのが習慣のイスラエル!

みんな料理を各家庭からそれぞれ持ち寄って、食事を楽しみながら、テンション高めに会話を繰り広げるのがイスラエル式!笑

イスラエル人は皆が政治の話に前のめり!政治の話から、はたまたたわいもない話まで、こちらも全員前のめりで話が止まない感じです笑

日本だと家族の繋がりが気薄になっているイメージではありますが、イスラエルは毎週、シャバットで家族に会って一緒に食事を楽しむので家族感の繋がりが濃い♡

イスラエル人ママの手料理

パートナーのママは手料理がめっちゃ上手で、毎日キッチンにずっと立っているくらいお料理が大好き!

そのお陰で、毎日沢山のイスラエル料理を頂いてます♡

ヘビロテはファラフェル!(ひよこ豆のコロッケ)     

ピタパンにイスラエル名物ファラフェルやフライトポテトetc..自分の好きな具材を詰め込み食べるスタイルで、日本でいうところの手巻き寿司みたいな感覚♡

各自それぞれお気に入りの作り方があったりして、わいわいしながら作ります。

最後にタヒニ(白ごま)ペーストを垂らして食べたるのがベスト♡

そして、デザートによく食べるケーキもいつも全てママの手作り♡  

こちらは、イスラエル人が大好きな「クナファ」!

モケモケ部分や中のクリームが控えめな甘さで新食感で超美味なんです♡

クナファは、イスラエルにいらした際は是非とも食べて頂きたい新感覚なデザートです♡

いつまでもラブラブな夫婦

イスラエル人のパートナーの実家に住んで一番感じることは、パートナーのご両親が若かりし頃のカップルのように、いつもラブラブなこと♡

ただいま〜のキスや、手を繋いだり、いつも2人で寄り添ってちょっかいをかけてケタケタと笑い合っていたり…こちらが恥ずかしくなってしまうくらい、幾つになってもラブラブな事が本当に素敵だなって感じる一番のことでした!

彼のご両親のラブラブぶりをみて、私達も幾つになってもそうありたいなって改めて感じたり、日々の些細な愛情表現って本当に大切なんだなぁと改めて感じました♡

そんな愛情深さが溢れるイスラエル♡

百聞は一見にしかず!

profile

Yasuyo

イスラエル人をパートナーにもつ上海在住の日本人ネイリスト。

この度、ひょんな事からイスラエル人パートナーの実家に居候、イスラエルにて長期滞在をしています。リアルな異国情緒溢れる、イスラエルを発信します♡

↓↓About me↓↓

https://linktr.ee/yasuyokinugasa

第4次中東戦争の跡地「ベンタル山」の眺め

Photo by:https://www.timesofisrael.com

ゴラン高原は戦略的に大切な土地で、古代の歴史でも、現代イスラエル建国に伴う数々の戦争の中でも重要な戦いがあった場所です。

侵略だ!紛争だ!と世界中が発信する現場では何が起こっているのか。

自分の目で、耳で、視点を変えて学ぶことはきっと新しい閃きを与えてくれるはず。

平和ボケした私の頭をガツン!と目覚めさせてくれたのもこの平和な土地でした。

「ベンタル山」で私が感じたこと

ベンタル山

鶴の群が空を覆いワシが巣を作り、鹿が歩き回る命に満ちた土地、ゴラン高原のシリア国境に位置するベンタル山では、イスラエルの勝ち取った平和とその景色を一望できます。

ベンタル山からは、ガリラヤの山々とシリア平原の両方を見渡す美しい景色を見ることができます。

駐在するUNの監視員はまるでガイドで、質問すれば色々語ってくれるから暇そうにしていたら声をかけてみて!

ベンタル山に行ったらコーヒー好きさんは忘れずに「Coffee Anan」というシャレの効いた名前のカフェに立ち寄ってください。ここのコーヒーは美味しいです。

景色を眺めながらコーヒーとケーキを楽しむのもオツ。

戦争って何だろう…普段は入り込まないような深い問いで世界を見つめてみるのはどうですか?

ここは「ヨムキプール戦争」という、まるでハリウッド映画の脚本にもなりそうな戦争が起きた場所。

ヨムキプールはイスラエルの最も厳粛な祭りの一つで、普段全く宗教的でない人を含むイスラエル人の80%が断食をし、空港も閉め、国の機能が停止する日。

そんな日に奇襲攻撃でシリア・エジプト軍が攻めてきた戦いです。

圧倒的な数と力の差、相手の弱みをついた完全なタイミング。

勝利を確信していたはずのシリア・エジプト軍の数はイスラエルを圧倒していました。

絶対絶命、国を失う寸前まで追い詰められたイスラエル。

まさに事実は小説より奇なり。

興味のある方にはこの一冊をおすすめします。

ゴラン高原はシリア?イスラエル?

2019年、アメリカのトランプ大統領がゴラン高原について、「イスラエルの主権を認めるべき」と表明し、世界がざわついた記憶がある人にはぜひ訪れて欲しい地。

ニュースでは語り尽くされないニュアンスを知ることができれば、世界情勢にもっと関心が高まるはず。

例えば、「 カツリン/Qtsrin」にあるビジターセンターではゴランマジックという体験型映画を通してイスラエル側からの戦争を学ぶことができます。

HP:http://www.magic-golan.co.il/site/index.asp?depart_id=28111&lat=en

第4次中東戦争の激戦地(ヨムキプール戦争)

日本で「ゴラン高原」「シリア国境」と言うととんでもなく危険な場所だと思われがちで、まさか呑気に観光してますとは言えないことがあります。

今や世界は情報社会で、ネットさえあれば何でも知ることができる(と思わせる)便利な時代になりましたが、その情報の確かさについては無頓着で、フェイクや悪意の情報が増え、真実は益々見つかりにくくなっている気がします。

私も例に漏れず平和ボケしたゆとり世代一歩手前の人間で、決して誇れるものはありませんが、イスラエルにいると否応無く気づかされるものの多さに、いつも目が覚める思いです。

そのうちの一つ。

「ベンタル山」での思い出を紹介します。

「戦争跡地を見渡せる山」

初めてのゴラン高原・ベンタル山

私が最初に訪れたのはイスラエルに来たばかりの2016年。

シリア内戦については激しさを増し、イスラム国の参入で泥沼化するニュースを知るのみでした。

シリア国境のこのゴラン高原も度々、シリアやヒズボラからのロケットを迎え撃つ地として、「近づくべからず」と思っていた場所です。

ところが友人が良いところへ連れて行ってあげる!とガリラヤから車で1時間ちょっと、連れられてやって来たのがゴラン高原、そしてベンタル山でした。

言われるまでは何も気づかない穏やかな大自然。

その時は夏の終わり頃で、赤茶けた大地と農作物のコントラストが豊かで美しい印象でした。

すっかり気に入って、雨季の2月に訪れた時は冷たく澄んだ空気の中、雪をかぶった雄大なヘルモン山を望み…4・5月頃は花と緑が美しく、それもまた素晴らしい眺めでした。

この場所で、たった数十年前(1973年)熾烈な戦いがあり、多くの嘆きと涙とともに命が失われたことなど信じられないほどののどかさ…

ヨムキプール戦争(第4次中東戦争)

「ピンチの時こそ、その人の真価が問われる」と聞きますが、国もそうではないでしょうか?

絶体絶命のその瞬間、一番大切なもの、守りたいものは何なのか…何を優先し、排除すべきは何か?

一刻一秒を争うときにこそ、その国のあり方が見えてくると思います。

さて、ヨムキプール戦争について、ここに述べることはあくまでも主観です。

あまり賢くは無い一般人の私が、見聞きしたことを心の赴くままに書きますが、視点が変われば印象は180度変わることでしょう。

イギリスが退いたこの地に、イスラエルが建国の宣言をしたことを合図に、周辺イスラム諸国との戦争が勃発しました。

イスラム諸国にはイスラエルの存在を認めることなど許されず、叩き潰す以外の選択肢は無いと言う問答無用の戦い。

(果たしてこの地がその時点で誰のものであったのか?立場によって大きく意見が割れます。)

迎え撃つイスラエル側は、ナチスドイツのホロコーストを生き延びた生存者たちもこの建国の戦いに加わったと聞きます。

お互いに絶対譲れない命がけの戦い。

イスラエルにしてみれば、1900年間世界中で迫害を受けてきた民族の存亡をかけた戦い…彼らが自分たちの国を建てるチャンスはあの瞬間のみだったことは確かです。

第4次中東戦争は、先の3回でイスラエルが拡大した土地の奪還を目的に、エジプトとシリアが同時に南北を奇襲するという作戦でした。

その計画の日が、イスラエルで最も厳粛な「大贖罪日(ヨムキプール)」の祭りの日を選んで決行されたことから、「ヨムキプール戦争」と呼ばれます。

この祭り、簡単に言うと、断食して神の赦しを祈り求める日で、働かず、運転せず、食事せず…と言う祭りです。(空港も閉め、国の機能が停止する日。)

普段宗教に無関心な者までも、ヨムキプールだけは断食する…と聞きます。

今ではこの日が近づくとヨムキプールの断食の過ごし方!と言う特集がテレビで大人気。日本のお正月を超える浸透ぶりです。

昨年はユダヤ人の80%断食したと報道されていました。

敵からすれば、これ以上無い奇襲作戦の決行日。

シリアとエジプトはそれを実行したのです。

当時、国境警備隊すらヨムキプールの休みで家に帰っていた…と言うのですから、中東戦争の激しかった当時の緊張感の最中に、そんなバカな!?と思いませんか。

奇襲攻撃を受けたとき、ここゴラン高原ベンタル山付近の戦車を動かしたのは現役兵ではなく、住民たちだったと言います。

攻めてきたシリア軍の戦車1400台に対し、スラエル軍の戦車はたった180台。しかも乗ってる人が現役じゃ無い???

なぜ心折れず、最後まで諦めず勇敢に戦い抜き、この地を守りきることができたのでしょうか?

戦いの4日目にはイスラエル軍の防衛が崩壊寸前になったのですが、シリア軍は突然の撤退。いるはずのないイスラエルの大軍の幻想を見た…と言う兵士までいるとか。

イスラエルでは神の戦いだと信じる者も少なくありません。

この地に立つといつもイスラエルの不思議な力の前で、平和にボケて、無力で小さな自分のあり方を見つめ直します。

私の本当に大切なものは何か、その為に命をかけて守れるか…。

涙の谷 / Valley of Tears

ベンタル山から少し北上したところにある涙の谷は、ヨムキプール戦争の跡地にある小さな記念碑です。

周辺には未だに当時の地雷が埋まったまま。

黄色い注意書きがあちこちにあります。

そんな土地でゆったり放し飼いにされている牛たち。(大丈夫なのか)

そして、今でも動く戦車。

イスラエルが命をかけて守り、建て上げている平和は、偽善に満ちた綺麗事などに構っている余裕や暇はないのだ…と理解しました。

どちらにもある守るべきもの、それぞれの正義。

シリア内戦の真っ只中だったこの時、風に乗って漂う火薬の臭いと、遠くに聞こえてくる銃撃、爆撃音は忘れられません。

国境が持つ意味と、国と国民を守り、平和を維持するということがいかに得難いことであるか。

また、命の上に成り立つ平和を当たり前のように生きていきた自分の甘さ。

戦争について真面目に学んでこなかったこと。

他国の歴史や戦争はどこか他人事で、だけど「戦争は反対」と大した根拠なく思っていた自分の考えの無さ。

そんな私が偉そうに書けることは一つも無いんですが…。

ベンタル山のコーヒー

ベンタル山の駐車場からの道に飾られている可愛らしいアート作品の数々は、戦争時に出た残骸で作られたもの。

戦争と犠牲の上に立っていることを忘れず、けれども憎しみや怒りを継承するのではなく、生活を彩る物として新しい命を込める。

実にイスラエルらしいアートだと感じました。

イスラエルらしい、と言えばもう一つ、ベンタル山の頂上にある「コーヒーアナン」。

ヘブライ語で「アナン」は雲なので、「雲珈琲」と言う感じでしょうか。

しかし、国連総長だったコフィー・アナンがチラつく名前にクスッと笑えてきます。

さすが、どんな悲惨な時でもユダヤジョークで笑い飛ばす国民性。笑

絶対わざとだ。笑

このCoffee Annanのカフェラテは行ったら必ず買います。

見晴らしも居心地も良い小洒落たカフェなので、ランチやティータイムにゆっくりと過ごせますよ。

ホロコースト博物館「ヤド・バシェム」で生きることを考える

Photo By Yad Vashem HP

「ホロコースト」とは、ナチスドイツがユダヤ人らに対して組織的に行った大量殺戮のことです。

国家的に行われた「絶滅政策」によって亡くなったユダヤ人の数は約600万人と言われていて、現在も捜索が続けられています。

日本でも「アンネの日記」「シンドラーのリスト」「杉原千畝」の本や映画で触れた人も多いのでは?

けれども私はここで、そんな知識をゼロにするほどの衝撃と向き合いました。

ヤド・バシェムが人類に伝えたい「警笛」

Photo By Yad Vashem HP

公認ガイドから「ヤド・バシェムが伝えたいのは被害者の視点ではない。」と語られたことが印象的で、「可愛そう」「なんてひどいの!」という見方をすることなく、謙遜に学ぶことができました。

「全ての人が、加害者にも被害者にもなり得る」

ヤドバシェムのテーマです。

ミュージアムでは、ホロコーストがどのようにして先進国ドイツで正当化されていったのかが、歴史と世論の流れを追う形で分かりやすく紹介されています。

展示や紹介されている何人もの証言とその足跡を追うことで、「他人事」ではなく、私にも手渡されている遺産として受け取る体験となりました。

歩みを進めるほどに見えてくる被害者と加害者、双方の顔。

どちらも自分と変わらぬ普通の人であることには言葉もありませんでした。

Photo By Yad Vashem HP

ここには「諸国民の中の正義の人」のための森があります。

一本一本植えられた木の根元に刻まれている名は、自らの生命を危険に晒してユダヤ人を救った人たちのもの。

彼らの困難な物語が語られるたびに感じた魂の震えを表現できません。

「私」という人間ははすぐに裁判官や審判になりたがる。

物事を良い悪いと批判し、簡単に口を挟むけれど、自分と愛する人の命を天秤にかけられた瞬間、同じことは言えなくなる。

私の中の常識や良心というものがいかに脆く、頼りないかという事実に恐ろしくなりました。

驚くことに、ここでは被害者であるユダヤ人を正当化することはしません。

被害者もまた、同じように「生き残るために」という非情で残酷な選択の中にいるという事実がありのまま語られます。

生きるために何を捨てるのか?

そのタイミングに命がかかっている…。

ある人は、家と国を捨て、またある人は人としての心を。

ある人は家族を、友を、希望を捨て…。

しかしそんな地獄の中で「絶望や憎しみ」を捨て、希望を持って生きた人たちに出会ったあの瞬間を私は生涯忘れないと思います。

ホロコースト研究の最前線施設

Photo By Yad Vashem HP

この施設は犠牲者を追悼するための記念館だけではなく、今尚続くホロコースト研究の最前線施設でもあります。

(公文書保管、出版、教育、国際研究学校、ユダヤ教の会堂、記念碑、関連芸術作品の保存と展示など・・・広大な敷地内に様々な施設が併設。)

Photo By Yad Vashem HP

年々減ってゆく歴史の生き証人「ホロコーストサバイバー」たちの証言を残す活動や、未だ見付かっていない被害者家族の捜索活動も行われています。

被害者ひとりひとりの名前と人生を追い、刻み、残そうとする果てしない取り組みです。

ヤド・ヴァシム公認ガイド

Photo By Yad Vashem HP

博物館内は入場無料ですが、初めてならガイドの有無は天と地の差。

深いテーマなのでガイドを付けることをおすすめします。(ヤド・ヴァシェムHPから要予約)  

実は、ヤド・ヴァシェムには「石堂ゆみさん」という日本人唯一の公認ガイドがいらっしゃいます。

彼女はイスラエルでジャーナリストをする傍、無償でこのミュージアムのガイドをされています。(ヤドバシェムの働きへの献金としてガイド料は全額寄付)

ただ真っ直ぐに「伝えたい」という思い一つで語る言葉には力がありました。

最後に…

Photo By Jewish week the Times of Israel 

ここヤド・ヴァシェムは、ユダヤ人が体験した歴史の闇…ではなく、次の命への問いとして繋ぐ世界の遺産だと思います。

深いテーマに一歩ずつが重くて、本当に疲れました。

だけど、ここを素通りしなくて本当によかった。

ヤド・ヴァシェムで私の中に刻まれたものは決して悲しみや憎しみではなく、「命」でした。

ぜひ、ガイドを依頼して一日ヤド・ヴァシェムで過ごしてみてください。

ヤド・ヴァシェム公式HP https://www.yadvashem.org

入場無料です。有料の英語のイヤホンガイドのレンタル有り。

ガイド(有料)の予約もここから可能。

アクセス

Photo By Yad Vashem HP

ライトレールの「Har Herzl(ハル・ヘルツェル)」(現在終点)から徒歩10分

(数は少ないですがシャトルバスもあります)

湖畔にたたずむ人生再スタートの教会

ガリラヤ地方に来たら知りたい新約聖書の物語1/2の続きです。

5つのパンと2匹の魚の教会のすぐ隣。

車で来た人は、パンの奇跡の教会に駐車したまま歩いて行きましょう。

ペテロとイエスの再会の舞台はガリラヤ湖の岸辺。

教会の中はイエスが朝食を用意した岩とされる場所があります。

小さいながらも声の響く教会で、団体客の歌う賛美歌がとても美しい!

歌っている人たちがいたらちゃっかり参加しちゃいましょう。

ストーリー

ここでの物語は、割と伏線回収になっていて、長くなるのでやめておきます。

私も非常に感動した物語なので、いつか記事にして書きますね。

かなり簡単に言うと、イエスを裏切り、挫折したペテロを、ここでイエスが許し、ペテロは使命を受け取る・・・と言う物語。

話は変わって、ここで!!有名な「ピーターズフィッシュ」

この地域でよく食べられる人気のメニューなのですが、このペテロが元になっています。

弟子ペテロが心折れて漁に出た時、イエスが岸辺で魚を焼き、朝食を用意して待っていてくれていた話とか、払うべき税金が無い時に、コインをくわえた魚が釣れた!とか色々魚にまつわるお話はあるんですが・・・まぁ、ペテロはガリラヤの漁師ですもんね。

そんなわけで、聖地巡礼に欠かせない「ピーターズフィッシュ」

ちょっと高めですが、とっても美味しいですよ!レモンと醤油、割り箸を持参してトライ!

「おすすめのガリラヤグルメ」

営業時間

月– 金 8:00 – 16:45

土 8:00 – 14:45

休:日

トイレ有料

入場無料・寄付あり

カペナウム/Capenaum

最後の1箇所をどこにするか迷いましたが、巡礼ならやっぱりここは外せない・・・!

でも一日3本ほどしかないので、バスで行く人は要注意です。

タプハから湖畔沿いを歩くと30分ほど、涼しければ歩くコースも気持ちいいです。

イエスが移り住み、弟子たちを教えた村で、一番弟子?のペテロの実家跡や、

イエスが教えた会堂(シナゴーグ)跡があるとされます。

ちょっと広い場所で、メインは教会というよりも、この村全体。

考古学的に面白い当時の家や町の様子が見られます。

ペテロの家と呼ばれている遺跡を覆うように会堂が建てられており、建物の中から見えるようになっていますが、礼拝中で入れないことも多いです。

カペナウムのストーリー

(Mark/マルコ2章1-12)

イエスは30歳で弟子をとり、多くの人に教え始めたのですが、それはもう大人気で、遠くから群集がイエスの元に集まってきたと書かれています。

古代風「バズってる」という感じだと思います。

その教えに驚き、また、長年患っていた病気や障がいが次々治る!という奇跡の噂も瞬く間に広まったようです。

そんなある日、カペナウムにイエスがいる!と聞きつけ、多くの人がその家に押しかけました。戸口のところまで隙間がないほどの混雑だったそう。

そこに担架に乗せられて病人がやってきます。しかしイエスに近づける隙間がない・・・。

すると友人らは屋根を剥がして、天井からイエスのもとに病人を下ろしたというのです!!

しかし・・・人気の出すぎるところにアンチあり。

大人気の裏で、それまで聖書の権威だったお偉いさんたちが大炎上していたわけです。

(Mark/マルコ3章1-6、Luke/ルカ 5章17-26)

ある安息日(シャバット)にカペナウムの会堂でイエスが教えていた時、手が萎えて動かない人がやってきました。

イエスが、働いてはいけないシャバットに、この人の手を癒すかどうかアンチは固唾を飲んでみていました。

(この頃は今より厳しくシャバットに「働く」とみなされる全てが禁止されていたみたいです。)

手を治したら「安息日のルール破ってる!」

手を治さなかったら「やっぱり治せないインチキなんだ!」

どっちにしろイエスを吊るし上げる大炎上の火種。この時ツイッターがあったら大荒れです。

その時、イエスが会衆に向かって言った言葉がこちら。

「安息日にして良いのは、善を行うことなのか。それとも悪を行うことなのか。命を救うことなのか。それとも殺すことなのか。」

その言葉にみんなグーの音も出なかったようです。

他に登場する聖書のカペナウム

ローマの百人隊長の部下を癒す (Matthew/マタイ 8章5-13)

汚れた霊に取り憑かれた人を癒す (Mark/マルコ 1章21-26)

弟子のペテロの母を癒す (Mark/マルコ 1章29–31、 Luke/ルカ 4章38–41)

営業時間

月– 金 8:00 – 16:45

土 8:00 – 14:45

日 11:00 – 16:45

トイレ有料

入場無料・寄付あり

アクセス

バス停 Kfar Nahum Intersection  No.52/142/

バス停から徒歩16分

駐車場無料

最後に・・・

不動のベストセラー「聖書」の中のイエスに触れてみると、西洋諸国や欧米の価値観の基礎が見えて来ます。

でも面白いのは、もともとのストーリーと文化は中東のものなのに、建っている教会は西洋のもの・・・と言うねじれ現象がおきていること。しかしイエスその人は、どちらかと言うと、アジア人の私たちに馴染みやすい人だと感じました。

(「ガリラヤの巡礼②」記事あり)

ノルウェー出身のイスラエルの友人が、初めて日本を訪問した時…

「信じられない!日本中がクリスマスをお祝いしていたわ!」と非常に驚いていました。

キリスト教国じゃない日本でも、クリスマスの飾り付けが街に溢れ、ジングルベルが聞こえてくる12月…恋人たちがそわそわするせいでしょうか、信仰心がなくてもなぜか雰囲気が盛り上がって来ますよね♪

そしてやっぱり本場のクリスマスに憧れる人も多いのでは?

「西洋諸国のクリスマスマーケットの華やかさや、本物のサンタクロースやトナカイ!キラキラ輝くイルミネーションとツリーに、雪の降る美しい背景と暖かな暖炉を囲むクリスマスの景色♡」

何を隠そう私もそんなクリスマスに憧れて育ち、イスラエルへやって来ました。

日本人の知らないクリスマス「ベツレヘム編」

今パッと思いつくクリスマスの全てのイメージは、西洋のクリスマス…

なんと本当のクリスマスの舞台は、ここ中東なんです!

砂だらけの荒野と椰子、羊を放牧し、雪の降らないノーホワイトクリスマスです!笑

ちなみに緑も赤も無い。あるのは一面砂の色。

はい。私も例にもれず、中東イスラエルのクリスマスには衝撃を受けました。

「なんか違う感」がすごい。(いや、私が違うんでしょうけど)

こちらが12月24・25日、エルサレムの新市街です。

超普通。クリスマス商戦?ありません。笑

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ちなみに、12月31日も1月1日も平日なので日本との空気感真逆です。

イスラエルはクリスマスを祝わない?!

そんなクリスマスの舞台の場所なのですが…

クリスマスは、「聖書で預言されているユダヤ人の救い主(メシア)が誕生した!」というお祝いなので、ユダヤ教では認められていないキリスト教のお祭りです。

(アメリカンコロニーなど、クリスチャンの一部コミュニティでは祝われています)

ユダヤ教とキリスト教の間には、この救い主イエスについて、血なまぐさい複雑な歴史があり、ユダヤ人の多くはクリスマスに対して酷いトラウマさえあったりします。(この話、長くなるので今回は割愛)

そんなこんなで、クリスマスの本場であるはずのイスラエルでは、クリスマスの「ク」の字もなく、なぜか日本の方が余程クリスマスを楽しんでいるわけです。不思議なねじれ現象。

キリスト教徒の多くが、クリスマスのイスラエルにやって来てがっかりする…というのが、クリスチャンあるある。

イエスが生まれたのは現在アラブ人の街「ベツレヘム」

この街は西岸地区にある、アラブ人たちの街。

知らない人も多いのですが、ベツレヘムに住むアラブ人たちの中には古くからのキリスト教徒も沢山いて、イスラム教のアラブ人たちと仲良く暮らしています。

ベツレヘムではクリスマスが産業となって街を支えているほど!

イスラム法では、他の宗教の建物は破壊するようにとされていますが、ここベツレヘムにある生誕教会は、古くから生き続ける歴史ある教会で、戦争の最中でも日曜の礼拝を途切れることなく1000年程続けているんだとか。

これは、世界で最も長く守られている礼拝です。

争いも勿論ありましたが、教会がアラブ人を助けた歴史もあり、今となっては共存し、平和を保っているらしい!素敵!

(ベツレヘムのクリスマスツリー)

だからこそ、この街にはアラブの文化には無い、西洋のクリスマス風なのがあちこちにあって、なんだか違和感だらけのクリスマス感が漂っています。笑

ツリーもサンタも聖書には出てこない

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恋人たちの日では無い。というのは皆さん薄々分かってらっしゃると思いますが、そもそも私たちが知っているクリスマスグッズは聖書には登場しません。

ツリーとか、リースとか、サンタとか、赤とか緑とか、トナカイも煙突も靴下もプレゼントすら…ない。

これらはキリスト教がヨーロッパに渡っていった後、その土地の土着のお祝いを聖書と結びつけていったと言われています。

フィンランドやノルウェーといったセンス抜群の国で生まれ育ったおかげで、現代のクリスマスはきらびやかなんですね~!

そしてこちらが本場ベツレヘムの生誕教会のキラキラです!!

どうですか?なんでしょう…この異国感。笑

世界中から押し寄せてくるキリスト教徒たちが、イエスの生まれた(とされる)場所を一目見よう、ちょっとでも触れよう、そこで祈りたい!と願い年中長蛇の列を作っています。

待ち時間2時間なんてこともざらにあり、ファストパスのような謎のシステムさえ存在します。(地元アラブ人ガイドにお金を払うと先に通してくれるらしい。笑)

特に12月24・25日クリスマス当日のベツレヘムの混雑は尋常ではなく、何度かチャレンジしようとして、未だ行けていません。笑 せっかく住んでいるのに。

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しかし、1年中クリスマスの街として存在しているので、ぜひぜひ「アラブ×クリスマス」というワンダーランドへ足を運んでみては?

※西岸地区に行く時は必ず現地の情報を確認してご自身で判断してください。「注意!西岸地区へ訪問する前に必ずチェック!

アラブの街に響く教会の鐘

ここベツレヘムの「生誕教会/Nativity Church」は、イエスキリストが生まれた場所として有名。

まさにクリスマスの現場です!

日本人の皆さんもクリスマスストーリーは一度くらい聞いたことがあるのでは?

キリスト誕生物語 ーモトチカ版ー

昔、ナザレの街に敬虔なユダヤ教徒マリアという少女がいて、許嫁ヨセフと結婚する直前、天使が現れ処女なのに妊娠を告げられます。処女なのに!

(サラッと流すには衝撃的ですが、話が進まないので流します。)

ヨセフはマリアと結婚する決意をしますが、身重のマリアが出産するまで触れなかったとか。

その頃、「住民登録」という行政的な事情で、ヨセフはマリアを連れて実家のあるベツレヘムまでやって来たのですが、どうもマリアは臨月だったようです。

現代の車移動でもなかなかの距離です。道中さぞかし大変だったことでしょう。

到着が遅れたのか、宿泊できる場所がいっぱいで家畜小屋しか空いておらず、マリアはそこで出産することになったのでした。

キリスト誕生の知らせを天使たちが羊飼いに現れて知らせたり、また、遠く東の博士達が空に輝く星にメシア誕生の兆しを知り探しに来たり…と馴染みあるクリスマスストーリーは続きますが、舞台はそう!ここベツレヘムです!

イエスが誕生したとされる場所がこの生誕教会の中にあります。

まるで壁ですが、こちらは生誕教会の正面。

謙遜の門とも呼ばれる小さな小さな入り口があります。(まじで入り口これです)

混雑している時は、まずここで詰まる!

中も、世界中から押し寄せてくるキリスト教徒たちが、イエスの生まれた(とされる)場所を一目見よう、ちょっとでも触れよう、そこで祈りたい!と、年中長蛇の列を作っています。

奥に見える行列は教会の中を蛇行して続いています。

今回は奇跡的に空いている時に当たり、待ち時間10分ほどで入れました。ミラクル。

会堂の右側正面奥に地下に降りて行く階段があります。

普段はテーマパークの人気アトラクション並みに待ち時間があり、ファストパスのような謎のシステムさえ存在します。(地元アラブ人ガイドにお金を払うと先に通してくれるらしい。)

地下にはイエスが生まれた場所とされるところがあり、赤ちゃんを連れてきてお宮参り的なことをしたり、記念撮影したり、キスしたり…

聖なる場所で、やたらお尻を観たなぁ…という印象が残りました。

夏 6:30-19:30 / 冬 5:30-17:00

他の会堂もおすすめ

聖カテリーナ教会。

生誕教会は教派ごとにいくつか別の会堂が繋がって建っています。

ヒエロニムス像のある中庭から入れる会堂はとても美しくおすすめ。

また、地下に降りる階段もありちょっとした冒険気分で見て回ることができます。

中庭にある像のヒエロニムスが何者かというと、ヘブライ語聖書を当時の公用語ラテン語に訳した人物。そして、その場所がこの地下!

難解な古代ヘブライ語を翻訳するということがどれだけ大変だったか…彼の誤訳で世界的に大きな事件や勘違いも起こってしまったとかで悪者感漂ってます…ああぁ。

しかし、ここでは敢えて言いましょう。聖書が全世界に広まったのは彼の偉業。

レストラン・お土産

生誕教会の前にあるメンジャー広場の周辺には、レストランやお土産屋さんが集まっています。

スターバックス?や、笑

美味しいと評判のファラフェル屋さん

イベントをしていることもあったり。

もちろんお土産やさんでの交渉もぜひ楽しんでみてください!

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私は手織りのラクダの毛のマットを購入。

粘りに粘って70シェケル(2100円程度)にしてもらいました。

高いと思うか、安いと思うかは私次第。

ヨガマットとして大活躍していて、値段交渉の奮闘の思い出と共にお気に入りです♡

一つ、アドバイスするなら、「ちょっと考えます」はダメ。

買うなら買う、買わないなら買わない。

お店に入って”見るだけ”の場合、絶対にお茶は断りましょう!

その他の観光地はまた別の記事で…

しかしベツレヘムは生誕教会以外にもバンクシーのアートなど他にもみどころがあります!ただし遠いので、いくつかセットでタクシー利用をするのが◎。

ベツレヘムへのアクセス

エルサレム旧市街のダマスカスゲート前のアラブバスバス停からベツレヘム行きのバスNo.231に乗車。

注意

・パスポートと、入国証(名刺サイズの青い紙)を忘れずに!帰ってこれません。

・ベツレヘム内のタクシーの客引きはとても粘り強いので、使用する場合はしっかりと交渉し、納得できる金額になるようにしましょう。

・見所は多いので全て効率よく回るにはタクシーは便利。(生誕教会の周りだけなら、徒歩15分ほど)

・西岸地区内はネットが繋がりにくくなる場合もあるので、オフラインのMAPをダウンロードし、ポイントにピンしておくなど、事前準備はしっかり行おう。

・反イスラエルの感情が強い人も多いので、イスラエル国旗や軍のTシャツなど、身に付けるものには気配りを。

※西岸地区に行く時は必ず現地の情報を確認してご自身で判断してください。「注意!西岸地区へ訪問する前に必ずチェック!

「 誘惑の山 (Mount of Temptation)」って、ものすごく怪しい名前。

誘惑が・・・イケメンとか美女が待ち構えている・・・とかではなく。笑

イエス・キリストがこの山で40日40夜の断食をした後、悪魔の試みを受けた山という記述に由来する名前です。

どんな誘惑だったのか、イエスとサタンのやりとりは、マタイの福音書4章1-11節に載っています。

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悪魔の3つ誘惑で一番有名なのは空腹に対するイエスの応えではないでしょうか?

「人はパンだけで生きるのではない。『神の口から出る一つ一つのことばによる』と聖書に書いてある」

というもの。

日本では、「人は物質的な満足だけを目的として生きるものではなく、精神的なよりどころが必要である。」という格言になっています。

誘惑の山にはギリシャ正教の修道院があって景色が良く、冒険気分にもなれる素敵な修道院なのでおすすめ。

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頂上付近や、修道院までの徒歩ルートにはお土産やさんも多くて楽しい!

特にこのサンドアートには感動!

ワイルドな売り方が中東らしくて雰囲気出てました。

地べたで売ってるというより、ナチュラルなショーケース?!すごくおしゃれに見えて欲しくなる。(商売うまい!笑)

誘惑の山、エリコに寄った際に立ち寄ってみてください。

誘惑の山への登り方

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①ケーブルカーで登る

夏8:00-18:00 冬8:00-17:00

往復 60NIS

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登り方②車で行って歩いて登る。

誘惑の山修道院の山の麓に駐車(無料)して、徒歩で登ります。

日差しは強いので水を忘れずに!登ってしまえば日陰で風もあるので気持ちよかったです。

※西岸地区に行く時は必ず現地の情報を確認してご自身で判断してください。「注意!西岸地区へ訪問する前に必ずチェック!

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「ヒシャーム宮殿 / Hisham’s Palace」は、 この地域に現存したとされる砂漠の宮殿の美しさを留める最後の一つ。

その精巧なモザイクと、漆喰彫刻の壮大さで知られています。

砂岩と焼きレンガで造られた遺跡は見応えあり!

Khirbet El-Mafjarはエリコの北3キロに位置し、インドからピレネー山脈に広がる帝国を支配したウマヤドのカリフ、ヒシャム・ビン・アブドゥル・マレク(西暦724年~743年)によって建設されたと考えられているため、一般的にはヒシャムの宮殿と呼ばれています。

ヒシャムの宮殿は2階建で、他に中庭と広い浴場、モスクがあります。

それぞれ美しいモザイクや彫刻で装飾されていて当時の繁栄ぶりが伺えます。

さすが砂漠の宮殿!

広くて暑い。ものすごく暑い。

見応えもすごいけど日差しもすごいです。

豪華な浴場跡

この遺跡の中で2番目に大きい建物は、テルマエロマエを彷彿とさせる豪華な浴場跡。見に行ってみてねー!

世界で最も美しいモザイク

北西の角にある小さな部屋には、世界で最も美しく、精巧に装飾されたモザイクの床の一つ「生命の木」のモザイクは必見!

木の下でライオンがガゼルを襲う様子を描いた、最も古く、最も有名なモザイク画です。

宮殿の装飾は、間違いなくキリスト教、ビザンチン、ペルシャの伝統の影響を受けていました。

この地域を取り巻く古代世界の繁栄が垣間見えたような・・・。

エリコに訪れた時は立ち寄ってみてください。

※西岸地区に行く時は必ず現地の情報を確認してご自身で判断してください。「注意!西岸地区へ訪問する前に必ずチェック!

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